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朝倉氏遺跡 史跡の概要

最終更新日 : 2009年2月1日

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ページタイトル:史跡の概要
サブタイトル:朝倉氏の歴史
 朝倉氏の祖先は、兵庫県養父郡の豪族で、南北朝時代に朝倉広景が主家の斯波高経に従って越前に入国しました。朝倉孝景の代、1467年の応仁の乱での活躍をきっかけに一乗谷に本拠を移し、斯波氏、甲斐氏を追放して越前を平定しました。以後、孝景、氏景、貞景、孝景、義景と5代103年間にわたって越前の中心として繁栄し、この間、京や奈良の貴族・僧侶などの文化人が下向し、北陸の小京都とも呼ばれました。義景は、足利義昭を南陽寺に迎え観桜の宴を催しました。しかし天下統一の戦いの中で1573年織田信長に敗れ、朝倉氏は滅び、城下町も焼討ちにあい灰燼に帰しました。
サブタイトル:一乗谷朝倉氏遺跡・庭園
 一乗谷は、福井市街の東南約10kmにあり、戦国時代朝倉氏の城下町の跡がそっくり埋もれていました。遺跡の発掘調査は、昭和42年から進められ、昭和46年には一乗谷城を含む278haが国の特別史跡に指定されました。また、平成3年には諏訪館跡庭園、湯殿跡庭園、館跡庭園、南陽寺跡庭園を含む4,205m2が特別名勝に指定されました。
サブタイトル:朝倉館跡と館跡庭園
 第5代当主朝倉義景が住んだ館の跡で、6,500m2程の敷地があり三方は土塁と濠で囲まれています。常御殿、主殿、会所、茶室、花壇のほか、台所、厩、蔵などが整然と配されていました。東側の山際にある館跡庭園は力強い滝石組、護岸石組を持ち、その洗練された石組に京都との交流が偲ばれます。
 
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