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朝倉氏遺跡 [5]朝倉義景墓 写真と説明

最終更新日 : 2009年2月1日

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朝倉歴史の道散策
エリア2~5:一乗谷朝倉氏遺跡 義景館跡
 朝倉氏は一乗谷の地に五代100有余年にわたり居を構えていましたが、現在見ることの出来る館跡は、朝倉氏最後の当主であった義景の時代のものです。それ以前の時代の館については、義景館の下層に存在するのか、それとも他の場所に存在するのかは、現在のところわかりません。
 
 5. 朝倉義景墓 散策マップ

写真:朝倉義景墓  館跡の東南隅旧松雲院墓地内にあります。朝倉義景は、天正元年(1573)8月20日、大野六坊賢松寺で一族の景鏡の裏切りにより自刃。法名は松雲院殿太球宗光大居士です。現在大野市にも義景の墓がありますが、これは江戸時代に建てられたもの。館跡の墓は天正4年村民の建てた小祠が始まりで、寛文3年(1663)福井藩主松平光通によって現在の墓塔が立てられました。
 館跡には当初朝倉氏の菩提寺心月寺が置かれました。朝倉氏滅亡後一時丹生郡に避難していましたが、慶長四年館跡に再興されました。ところが、慶長6年に北ノ庄に移り、館跡の寺と墓は心月寺の末寺として義景の法名をとって「松雲院」として残されることとなりました。
 発掘前の館跡地には中央に「松雲院」が、西北部に「足羽町一乗谷支所」が置かれていましたが、発掘開始時にそれぞれ移転し、松雲院は心月寺と統合されました。

 
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