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朝倉氏遺跡 [21]紺屋 写真と説明
最終更新日 : 2009年2月1日
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この屋敷は、正面幅が約6メートルで隣との境として溝が見られ、井戸を持ち裏庭に便所を配置するという一乗谷の小規模の屋敷の典型例といえるものです。
正面および背面の2間半を、ちょうど二つに分ける位置に少し大きめの礎石を配置していたことから、これが、屋根の中央の棟木を支える柱と考えられます。柱には、栗の木を、梁は松の木を用い、表面は出土材や他の資料に基づいて、当時の一般的な技術である手斧(ちょうな)やヤリ鉋(かんな)で仕上げています。裏庭の便所は、屋根を茅葺としました。
染料を入れた大きな甕を据付け、作業をするには広い場を必要としました。そのため、日常のくらしの場は、切り詰められており、3畳の広さの板の間で、寝食すべてをまかなったものと思われます。染め物の液体は、温度管理が必要なため甕は土の中に埋めれらています。藍染は、4個の甕が一つのセットとなっています。反対側の甕は、草木染です。一乗谷では、こうした、染め物を職業としたと考えられる、大きな甕を多数据え付けた屋敷もたくさん発見されています。


