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朝倉氏遺跡 [23]武家屋敷 写真と説明
最終更新日 : 2009年2月1日
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武家屋敷と考えられている多くの屋敷の中で、最も遺構の保存が良く、当時の全体の様子がわかるのがこの屋敷です。これまでの研究成果に基づいて屋敷全体を立体的に再現しています。約30メートル、100尺四方の基準的規模を持つこの屋敷は、正面となる西に加えて、東、北の三方が道路に面しています。南東寄りに中心となる建物である主殿を、その北に蔵を、北の塀際に家人の住まいを兼ねた納屋と考えられる建物を設けています。また、主殿の前庭を区切るように仕切りの塀を設け、ここには塀中門と言われる門があります。
復原に際しては、遺構の保存を考え、約60センチメートル盛り土した関係上、現状では門に石段が有りますが、本来はなくて、道路と同じ高さの屋敷です。門は明確ではありませんでしたが、南隣の屋敷で検出された形式に習って、2本の掘立柱からなる棟門と言われる門にしています。塀や門の高さは、屋敷内を基準としている関係上、道路から見ると少し高くなっています。
蔵は周辺の壁土の出土量が少ないため板倉と推定されます。中は一部に低い床がありますが、他は石敷となっています。納屋の中には野菜などの洗い場と考えられる施設も見られます。井戸屋形は、向の山寄りの屋敷から出土し滑車を参考にして復原しました。便所は、出土した「金隠し」に基づいて、絵巻物などの資料を参考にして復原しています。


