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朝倉氏遺跡 [24]武家屋敷群 写真と説明
最終更新日 : 2009年2月1日
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この地区は、「一乗谷の古い絵図」に朝倉氏の有力家臣の名が多く見られる所で、これを裏付けるように、発掘調査では、計画的に造られた道路と、整然と配置された多くの大規模な屋敷が発見されました。これらの屋敷は、約30メートル、100尺を基本単位として計画されていたことが知られ、その屋敷の間口の多くは、30メートルもしくはこの1.5倍や2倍となっています。
屋敷はこの南北方向道路の両側にありますが、西の山裾側が東の川側に比べて数倍大きくなっています。最も大きな屋敷は、間口60メートル、奥行き70メートル、面積4,200平方メートル (約1,270坪)あります。
屋敷の中の建物については、削り取られている所が多く、はっきりしない点もありますが、基本的には、正面、南寄りに、接客や主人の住まいとなる建物が設けられ、奥には、蔵や台所、家人の住まいなどがもうけられていたことが分かりました。


