阿部 佐保子さん

阿部佐保子さん

(生糸を手にもつ阿部 佐保子さん)

「私にとって福井は福居、福の居る幸運な場所」

 今回お話を伺ったのは、福井県SDGsコーディネーターの阿部 佐保子さん。東京都中野区出身で、伊藤忠商事株式会社の繊維部門に28年間勤務。その後、昭和西川株式会社に在籍し、2023年10月に福井市に移住。現在は個人事業「丁子屋」を立ち上げ、福井県SDGsコーディネーターと両輪で活躍。東京と福井で二拠点生活中。

※ 本記事は取材当時の情報を基に作成しています。

福井に移住を決めたきっかけ

 東京生まれ東京育ちですが、幼少期に広島にある祖母の家で自然に触れてきた経験から、いつかはそういう生活がしたい、という思いがありました。移住先を探そうと、移住スカウトサービス「SMOUT」に自身の情報を登録しました。するとすぐに、福井県庁からSDGsコーディネーターへのスカウトの連絡があったんです。これまで仕事で長い間SDGsに向き合ってきていたところでのスカウトだったので、非常にご縁を感じましたね。それが福井との最初の出会いです。それから、福井にはこれまでの仕事で知り合った人もいらっしゃったので、何かあったときに相談できる相手がいるというのはすごく大きかったです。
 交通インフラが整っているというのも大きなポイントです。私の両親は東京に住んでいるのですが、北陸新幹線を使えばすぐに会いに行くことが出来ます。ただ、あまりにも近すぎるとそれは移住の必要がないと感じていて。福井と東京は遠からず近からずの距離感なので、移住するのに丁度よい場所でした。
 もちろん、北陸新幹線沿線の石川県や富山県でも移住先を探していたんですけど、福井県には知り合いがいたし、これまで大事にしてきたSDGsへの取り組みを仕事にできることにご縁を感じました。

移住に対して不安はあったか

 車社会や降雪地帯での生活に対する不安はありました。東京にいると車は殆ど乗る機会がないですから。雪が降った時の運転も練習が必要ですね。
 ただ、こういう経験が出来るのも、福井にいる今しかできないもの。福井での生活は、毎日が冒険です。

移住に対する家族の反応

 実は私の夫も、過去に山形県の地域おこし協力隊として活動していたんです。なので、地域で暮らすことや働くことに対しては理解がありました。また、私の両親も、私自身の決断に賛成してくれました。私の父も過去に仕事を辞め新しいことにチャレンジしていたことがあったので、同じようにチャレンジしたいという私の想いに理解があったんです。
 もともと、私の家系は、江戸時代から京丹後で「丁子屋」という着物問屋を営んでいて、時代に応じて業種は変えつつ、祖父母の代まで続いていたのですが、祖父母の代で看板を下ろしてしまっていました。なので、私の代で「丁子屋」の名前を使用して事業を立ち上げた時には、父がすごく喜んでくれました。

移住前の福井市の印象

 以前の会社に勤めていた時、北陸地方には月1回の頻度で訪れていました。ただ、泊まる場所はいつも金沢市内の方だったので、福井に対しては、仕事で来る場所、というイメージを持っていました。

福井市に移住して感じたこと

 知られていない福井がたくさんありました。星がきれいに見える町、名水が豊富に湧き出ている町、海が青く美しいビーチなど。また嶺北と嶺南という文化的な違いのあることも、知りませんでした。福井県はこれまで、自分たちの長所を積極的に発信されていなかった、もしくはその必要がなかったのだと感じました。また県内で福井の人であっても、意外と知らない隠れた名店もあるんじゃないでしょうか。
 福井は幸福度No.1と言われていますけど、外から来た人間としてはその通りだと思います。もしかしたら福井の人はあまり実感していないかもしれません。でも、幸せを実感出来ていないというのは、何も欠けていない、満ち足りているということの証だと私は思っています。

福井の人たちに関する印象

 福井の人は余裕があるというか、競争をしないなぁと感じます。私が東京にいて競争の激しいところにいたから余計にそう見えるのかもしれませんが、都会では常に他人から見た自分への評価を念頭に置いている人が多い気がしますが、福井の人は自分のやりたいことを実現させる起業精神ややりたいことをとことん追求する職人気質の人が多い気がします。福井は地味だと自分たちのことを言う割には、本当はこれでいいっていう自己肯定感が高い気がして、そこが私には余裕として見えて、ゆったりとした姿が裕福そうに見えるのかも。日本は自己肯定感が低い民族とよく言われますけど、福井に関して言うとその逆。他の県にはない強みですね。

現在の仕事と今後の目標

 仕事をする際は、いつも三方良し「売り手良し、買い手良し、世間良し」を信条としています。任命されているSDGsコーディネーターという仕事も、そういった信条の下で仕事を行っています。SDGsコーディネーターの具体的な仕事内容は、SDGsパートナー企業を巡り、その企業が行う福井の将来のために向けた活動を聞かせてもらうことや、企業同士のニーズとシーズをマッチングさせることを主な活動としています。企業同士をマッチングさせて、その化学反応でSDGsに配慮した新たなアイディアや取組が生まれることになれば、売り手(創り手・生み出す人々)にも買い手(それを求めてきた人々)にも世間(社会そして地球環境)にも良いものが出来ると考えています。
 未来のビジョンとしては、福井で行われる様々な活動を総じて“福井モデル”として呼ばれるようになればいいと思っています。北陸新幹線で東京と福井が繋がる「100年に一度の大改革」の機運をそのままに、福井の産業を盛り上げていければと思っています。なぜなら、地方が盛り上がることはひいては国力が盛り上がることに繋がると思っているから。また人生100年時代、と言われている今、首都圏で働いているシニア世代(40代後半50代~)が地方で力を発揮するというのもいいですよね。経験値の高いシニア世代の首都圏から移住した人じゃないと気が付かない地方の魅力発見もあるでしょうし、なかなか繋がらなかった首都圏へのコネクションなども、案外すんなり生まれることがあるものです。
 私自身、福井に来てからというもの、東京の友人知人から数珠繋ぎのように人から人をご紹介いただいて、素晴らしい福井の方々にお会いしておりますので、また新しい人脈が広がっていることを実感しています。

移住検討者に向けたアドバイス

 街並みとか、交通インフラとか、そういった部分は各地方ではあまり差がないと思いますが、市内は高低差がなくどこまでも平らなイメージですが美しい山も川も海もあり、ぎゅっと詰まっている面白い場所だと感じます。県外の人の多くは本当の福井を知らないと思います。まるで一つの国みたいな感じですよね。全てが揃っている。都会的ではない、引き算された場所だけれど、水や空気といった生活基盤の土台がしっかりしているから、余計なものがないありのままの生活でも幸せを実感出来ると思います。

阿部佐保子さんにとっての福井

 私自身人生100年時代で考えると人生の折り返し地点にあり、もしかしたらここが最終地点になるかも。もちろん子育て世帯にも来て欲しいけど、ちょうど私のような人生の折り返しに、豊かな福井の中で新しい人生を始められるのも良いなあと思います。日本の原風景が残りながら、不便でなく必要なものは揃っています。私自身がこれからここで生活し体験し示していこうと思います。
 福井は、いろんなご縁に導かれてたどり着いた場所なので、私にとっては”福居”ですね。幸運の場所です。

 

福井県SDGsコーディネーター

 福井県SDGsコーディネーターの役割
  (1)SDGsに取り組む企業・団体等を訪問し、連携のニーズやシーズ、解決すべき課題の発掘
  (2)ふくいSDGsパートナー同士の連携を提案・サポート
  (3)SDGsを通じて企業の魅力や地域への興味関心を高めるための情報発信
  (4)ふくいSDGsパートナーのニーズに伴う交流会やワークショップの開催 など

仕事場

(阿部さんのオフィス内で、仕事仲間と )

生糸

(シルクの生糸(福井の繊維産業を応援しています!!))

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