越廼地区の「名所・旧跡・文化」

最終更新日 2017年9月14日 印刷

越前水仙発祥の伝説『水仙物語』

越前水仙。その可憐な花の発祥地、越廼地区の居倉町には今も哀れな物語が伝承されています。
平安末期の源平合戦の際、木曽義仲が倶利伽羅峠(くりからとうげ)で平家を破り京へ攻め上がった頃、居倉浦に山本五郎左衛門という長者がいました。彼は長男の一郎太とともに郎党を率いて義仲の軍勢に加わり、留守を次男の二郎太が守っていた。
ある日、二郎太が居倉浦の浜を散歩していると波間から助けを求める声がし、必死に助け上げると稀に見る美しい娘でした。娘と二郎太は日増しに親しくなりました。春が過ぎ、夏も終わりに近づいたある日、戦いで負傷し片足になった一郎太が、父との戦死と報とともに帰ってきました。二人は父のこと、戦いのことを夜が更けるのを忘れて語り合いました。そして、一郎太は二郎太のそばに寄り添う美しい娘に気づき、やがて二人は娘をめぐって争うようになったのです。その年の冬、兄弟は荒れ狂う海岸で決闘することになり、波しぶきの中で対決する二人の姿を見た娘は、「2人の仲を悪くしたのは私のせいです」と言い残し、荒波に身を投じました。不思議にもそこは、かつて娘が助けられた時と同じ居倉浦の刀上海岸でした。翌年の春、その海岸に見たこともない美しい花が流れ着き、村人たちは、娘の化身だろうとうわさし、その可憐な花を丘の上に植えました。こうして哀しい越前水仙物語は今も伝説として語り継がれています。

夫婦岩(写真をクリックすると拡大できます)
夫婦岩
  左側:一郎太と二郎太が決闘をしたという雄岩
  右側:伝説のヒロイン娘がこの上から身を投げたという雌岩
 越前水仙の里公園の駐車場の西側(海側)にあります。    

水仙物語碑(写真をクリックすると拡大できます)

越前水仙発祥伝説の碑
 越前水仙の里公園の駐車場内にあります。

法雲寺

法雲寺は真宗大谷派の寺院で、現本堂は1760年に建立されたものである。境内には樹齢300年といわれる菩提樹が繁っている。
法雲寺
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本多広孝の山城跡

場所は城有町集落入り口。城主は本多広孝という大名です。1574年(天正2年)の頃、越前一向一揆に遭い、信州へ引っ越しました。地名が城有というのはこの云われです。

本多広孝の山城跡
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下岬小学校城有冬季分教場跡

昭和54年に越廼小学校に統合し廃校となった下岬小学校の冬季分教場。冬季期間に限り、下岬小学校(居倉町) の通学が困難であったため開校されたもの。明治4年~昭和46年12月までの100年間にわたり分教場として利用された。

下岬小学校冬季分教場跡
(写真をクリックすると拡大できます)

泰澄大師の独鈷池と腰掛岩

城有町の専西寺下の公園内にある。
水はいのちのみなもと
泰澄大師が修行中、小さな岩に腰を下ろし、釈杖で地面を突いたところきれいな水が湧き出てきたそうです。
 独鈷池と腰掛岩池と岩のアップ泰澄大師
(写真をクリックすると拡大できます)

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