清水地域の加茂内町・加茂町の伝承

最終更新日 2017年1月27日 印刷

しみずっペディア 加茂内町・加茂町の伝承

※概ね原本「清水町のむかしばなし」のとおりのため、「である」調で記載しています。


清水西地区 加茂内町・加茂町(かもうちちょう・かもちょう)


1.むかしの賀茂山(かもやま)
 加茂内台地は、志留湖(しとむこ)という大森・滝波・山内にひろがっていた湖に面した台地で、早くから人が住みついた所である。古代の住居の跡や、石斧(せきふ)、石錐(せきすい)や矢じり、弥生式土器、土師器(はじき)、須恵器(すえき)の破片が多数出土している。
 特に焼き物の石錐(網のおもり)が、発見されたことから、湖で漁をしたものと思われる。そして賀茂神社の西側に「舟卸し」という地名があり、大昔の舟付場であったと言われている。
 その後、賀茂神社の境内となって、大杉がうっそうと茂っていて、大森の地名が生れた。この杉は数百年以上もたった大木で、目通り一丈以上の木が麻のように立っていて、昼でもうすぐらかった。そして年輪が細かく木の色が良くて、美しい木目がでるので「賀茂杉」と呼ばれる銘木(めいぼく)として名高かった。


2.賀茂山杉の伐採
 賀茂神社の社地は、境内の他に十六町七反歩(約十七ヘクタール)の山林があったが、明治八年に国有風致(ふうち)保安林に指定され、勝手に伐られなくなってしまった。
 そのため、神社の財政が苦しくなったので、明治二十四年頃から、神主と氏子が相談して国有林払い下げの運動をはじめた。
 ところが中々認可が下りず、陳情などの飲み食いに多額の金がかかり、明治三十四年にようやく認可が出て、有償払い下げとして金壱万千九百円を国庫へ納めることになった。
 しかし、すぐには金が出来ないので、当時の県会議員野尻太三郎が立て替えて納入した。その後、立て替え金をつくるため、伐採権が野尻太三郎と上天下総代になって、早速伐りにかかったが、神主と氏子側から契約違反の訴えが、福井地方裁判所へ出された。
 その後、双方が上告して明治三十八年には、大審院まで持ちこまれた。そして泥沼の争いとなり、訴訟の経費が雪だるまのようにふくれあがった。
 明治四十年になって、平尾清水畑(平尾町、清水畑町)などの中立派が仲介に入って、和解が成立した。その時、裁判経費などの清算のため、賀茂杉を次々と伐採して、裸山にしてしまったとのことである。


3.四か村入会地(いりあいち)
 賀茂溜(ため)の北側と東側一帯は、昔から雑木林で野口(笹谷町の一部)、滝波(滝波町)、山内(山内町)、大森(大森町)四か村の入会地(共有地)であった。持山の無い者がここで薪(たきぎ)をとっていた。入会地は無年貢で、雑木林を小割にして伐採権を与えていた。明治になって一時国有地になったが、払い下げられた。しかし持主が入り交っているので、各字の境界がつけられない土地となった。


4.稲荷神社(いなりじんじゃ)
 加茂内町の南に小高い丘がある。形が美しく大きな古墳ではないかと思われる。この丘の頂上に「狐神様」と呼ばれていた稲荷神社が建っている。戦時中雪のため倒壊してしまったが、昭和二十一年加茂内町の新しい村が誕生した時、氏神様として山頂二百坪を共有地とし、二間に一間の社殿を建てた。この時内田久右ェ門家の堂谷にあった観音様を合杷(ごうし)した。


5.賀茂神社の馬場跡(ばばあと)
 賀茂神社の大鳥居の左から、加茂内町の真ん中をまっすぐに野口(笹谷町の一部)の柳が辻溜池近くまで、平坦な道が続いている。
 ここは、もと賀茂神社の馬場跡で、南側の加茂溜の山内(山内町)境に「大馬谷(おおうまだん)」「小馬谷」という地名があるが、この馬谷は「馬繋場(うまつなぎば)」であったと言われている。
 京都の賀茂神社では昔から、宮中で行われていた「流鏑馬(やぶさめ)」を神社の年中行事の一つとしていた。
 志津の庄の賀茂神社でも、京都賀茂神社の行事にならって、この馬場で「流鏑馬」を行った。
 この競技は、馬に乗って走りながら、鏑矢(かぶらや)で的を射るもので、この賀茂神社では、鹿の胴から上の絵を描いた板を、鹿の立っている高さに釣り下げ、足の部分は草にかくれて見えぬ事にし、描かなかった。
 この的を三か所つくり、射手は馬に乗って走りながら、次ぎつぎと鏑矢で的を射る競馬の一種である。
 いつ頃から行われるようになったかわからないが、江戸時代の中頃まで行われていたとのことである。
 弘化四年、今から百四十年ほど前、福井藩主松平春獄公が越智山大谷寺へ参詣された折、賀茂神社境内で休憩された。その時神主に「境内の右の方に広い道があるが馬場跡ではないか」と、お尋ねになられたところ、神主は「京都の下、上賀茂神社の例にならって競馬をした跡です」と答えたと、春獄公の日記「みゆき草子」に書かれてある。
 なお、越前地名考という書物には、「競馬興行の馬場あとあり。馬場の長さ四町半余」と、書いてある。


6.周辺

  • 大森町、山内町、笹谷町、滝波町、坪谷町
  • ふくい健康の森
  • 市指定文化財(史跡) 賀茂神社窯跡
  • 市指定文化財(建造物) 賀茂神社脇社祇園社、木造賀茂神社大鳥居  

7.参考文献など

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