清水地域の清水杉谷町の伝承

最終更新日 2017年1月27日 印刷

しみずっペディア 清水杉谷町の伝承

※概ね原本「清水町のむかしばなし」のとおりのため、「である」調で記載しています。


清水東地区 清水杉谷町(しみずすぎたにちょう)


1.村のおいたち
 杉谷(清水杉谷町)は、もと東の田尻(田尻栃谷町)側の南、桂連山麓(けれんさんろく)に在ったと伝えられている。今も屋敷跡や社寺跡が残っている。大昔はこの辺一帯は湖沼のような低湿地で地名に「南沖」「南浦」「船積場」などの名が残っている。
 この桂連山麓の元杉谷村は、後現在地に移り、氏神様は桂連山頂へ移し、もと神社境内跡には石塔を建て、観音像が安置してあり、「元文四未年九月吉日建之」と書かれである。昔はこの付近に大杉が生い茂っていたので、「杉谷」の地名がおこったとの言い伝えがある。
 また桂連山麓から片山(片山町)の新光寺(片山町の一部)にかけての地名に「門前」「釈伽畔(しゃかごろ)」「鐘撞島(かねつきしま)」「 堂島」などの名が残っている。これは、広善寺が、「小谷山薬王寺広善院」と呼んでいた頃、この辺一帯に七堂伽蓋(がらん)が、並んでいた、その名残であると伝えられている。


2.報郷随道(ほうきょうずいどう 杉谷トンネル)
 杉谷(清水杉谷町)から福井へ通じる難所田尻坂(杉岡惣兵ヱさん横の道)があった。急な坂道で、糸生の大谷寺方面の木炭は、牛の背に振り分け三・四俵ずつ積んでガランガランと鈴の音を鳴らし、馬子唄を唄いながら毎日この田尻坂越えして福井へ通った。また杉谷、三留(三留町)ではさかんに菅笠(すげがさ)が造られ、春先になると、大阪方面へ送り出された。管笠を積んだ荷車は、この坂がなかなか越せないので、夜明け前になると、家族が総出で、車の後おし、先き引きを手伝ったと聞いている。
 大正の始めごろは、西田中・福井間の郡道は、島寺(島寺町)から片山(片山町)-栃谷(田尻栃谷町)-朝宮(朝宮町)を通って福井に通じていた。
 地元の人達は杉谷を通るよう県当局に陳情を重ねていた。しかし杉谷と田尻(田尻栃谷町)の間には急な田尻坂があり、これを掘さくして随道(ずいどう トンネル)を作らない限り郡道にすることはむずかしい。その為には多額の工事費の地元負担金を出さねばならず、村ではそのお金の目途がたたず、困っていた。
 ところが、嘉永三年杉谷の勝木勘右ェ門の五男として生れた大久保権蔵さんが、後東京に出て金物商を営み、努力を重ねてたくさんのお金を持つようになった。この大久保権蔵さんが、たまたま福井へもどって来られた時、この話を聞いて、故郷へ恩がえしはこの時と、当時のお金で一万円の寄付の申し出があった。このお金を基に随道工事は始まった。
 村人の願いがかなえられ、最後のハッパを仕掛けて、岩石が破られ、初めて二尺ばかりの穴があき、日の光とともに田尻の民家が見えた時は、区民一同おおよろこびで、代わる代わる穴のぞきに行ったとのことである。
 やがて村人の待望の随道が大正十五年五月完成し、大久保さんの郷土に報いる尊い意志をくんで「報郷随道(ほうきょうずいどう)」と名づけられた。
 六月二十七日県知事、郡長の来賓を迎え、盛大な落成式が挙行された。
 昭和三年入口の南側に記念碑を建て、その芳志を後世に伝えている。
 現在のトンネルは昭和四十三年、拡張工事が行なわれ、歩道、電灯もつけられて面目を一新した。


3.すげ笠の碑
 杉谷(清水杉谷町)は、湿地帯があり、菅(すげ)の栽培に適しているとともに、水害による被害が毎年続いて、米が全くとれない年もあったので、副業として、江戸時代から管笠づくりを始めた。杉谷には菅笠商が何軒もあり、近在の笠を買う笠問屋と、遠く関西方面までも行商に行く人も多かった。この菅笠も昭和初期を最盛期としてだんだん衰えて、今では民芸品として少々作られている。そのため勝木勘次郎氏の篤志(とくし)により、杉谷区三叉路に、「菅笠の碑」が建てられ、菅笠特産地の名残を伝えている。往時のすげ笠の産地は、杉谷、三留(三留町)、小羽(小羽)、風巻(風巻町)、上天下(上天下)、下天下(下天下)、田尻栃谷(田尻栃谷)、下江守(下江守)、久喜津(久喜津)、福、種池の各区であった。


4.白山神社の薬師如来(やくしにょらい)
 拝殿の正面に、薬師如来とその脇侍仏(きょうじぶつ)の日光、月光菩薩、十二神将の外、毘沙門天、不動明王などの仏像が安置されている。
 この仏像群について、広善寺の由緒書の中に次のように記されている。
 広善寺は、もと天台宗で小谷山薬王寺と言っていた。そして当時の御本尊は薬師如来で、行基菩薩がお作りになられた。そして十二神将は、泰澄大師の御作であると伝えられている。
 その後、文明三年、今から五百二十年ほど前、蓮如上人が吉崎へお出になられた時、住職の栄久法師が上人に帰依(きえ)し、浄土真宗に転宗した。
 その時、連如上人の御寿影(じゅえい)と御名号(みょうごう)を下された。それで、浄土真宗では、御名号を本尊として礼拝するので、薬師如来、日光、月光菩薩、十二神将などの仏様を、氏神様の白山神社へ預けられた。
 このような訳で、白山神社に仏像が安置されているわけである。


5.周辺

  • 三留町、田尻栃谷町、島寺町、風巻町、片山町 

6.参考文献など

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