清水地域の文化財 木造大日如来坐像 附 金剛界四仏 (五智如来)

最終更新日 2018年12月14日 印刷

しみずっペディア 木造大日如来坐像 附 金剛界四仏 (五智如来)

 木造大日如来坐像 附 金剛界四仏は、平安時代の作といわれる大日如来を中心に、5躯の如来からなる仏像群。5躯の仏像群であるため、五智如来(ごちにょらい)と呼ばれています。


1.概要
 清水地域内では珍しい法量の大きな仏像群で、地方仏師の作と考えられ欅(けやき)の一本造りの像です。大日如来座像が1躯、附の金剛界四仏が4躯、計5体の仏像群で、大日如来座像の像高は160cm、肘張り79cm、膝張り130cm、座奥100cmです。
 本像は、手の印相は智拳印を結ぶ金剛界の大日如来座像ですが、頭上に螺髪をいただき、偏袒右肩の衲衣をまとい、結跏趺座する像です。東密((真言密教)806年伝来)の大日如来像と思われますが、台密((天台密教)805年伝来 )や雑密(密教公伝以前の密教)の可能性もあります。
 この組み合わせの仏像は、大陸に近い九州の国東半島や瀬戸内の大三島など限られた所にしか分布が知られていません。それが西国から遠く離れた越前にあるということは、対岸の大陸から雑密文化がもたらされ、螺髪形の大日如来が造立されたのではないかと推定されています。


2.その他
 大日如来を中心に宝生、薬師、釈迦、阿弥陀の五如来と四天王、持国、増長、広目、多聞の守護神が四隅に配置されていましたが残念ながら、広目、増長の二天は見当たりません。当初から無かったのか或いは何処かに流出してしまったかは定かではありません。この仏像群は滝波の南、野口(笹谷町の一部)境の高台、高野(たこの)に薬師堂が有り、その北方のほらが谷をはさんで五智如来堂が有ったと伝えられ、天正(てんしょう)年間(約400年前)一向一揆(いっこういっき)の動乱で焼失し、その時ほらが谷に落とされ、のち、現在地に安置されたと云い伝えられています。
 県文化財保護委員(当時)の野村英一先生は「泰澄大師の開かれた越智山(おちさん)が修験場(しゅけんじょう)で、大谷寺がその宿坊(しゅくぼう)、その近くに五智如如来堂が滝波高野に創建されたと考えられる」との事です。
 縁起書には、地、水、火、風、空にして、三身円満三即ーの尊像で、日本三所也 と書いてあります。


3.地元での関わり
 五智如来は、滝波町ではごっつあま様とも呼ばれ、現在も自治会長初め、地元の方々が、大事に管理されています。また、お堂も平成に入ってから町内の皆さんが協力して建てたもので、五智如来を大事に守っています。
 3月、6月、12月の11日(主に午後)に祈願祭が行われています。地元の皆さんあげてこの立派な文化財を守っています。


4.伝承
 行基(菩薩)ゆかりの仏像と伝えられています。 滝波の集落は、古くは高野や黒谷、滝波高地など周辺の高台に住んでいた人々が、長い年月の聞に現在地に移り住んだといわれており、五智如来にまつわる民話や義経伝説、言い伝えなどが多く残されています。


5.三年余の歳月をかけて修復
 五智如来5仏は、平成25年5月から3年かけ、大津市の楽浪文化財修理所で修復されました。


6.脇仏の4躯
 脇仏の4躯、聖観音菩薩立像(しょうかんのんぼざつりつぞう)、地蔵菩薩立像(じぞうぼさつりつぞう)、二天立像(持国天(じこくてん)、多聞天(たぶんてん))が、平成28年3月、市の文化財に指定されました。


7.開眼法要
 2017年6月11日、五智如来は約170年ぶりの修復を終え、特別公開が行われました。


8.交通アクセス
 京福バス茱崎線「滝波口」停留所を下車、徒歩約10分。普段、お堂は閉まっていますが、参拝をご希望であれば、お堂入口の横に貼り出してある連絡先にお問合せください。


9.周辺

  • 睦月神事会館(大森町)
  • 清水西公民館 (大森町)
  • 清水西小学校 (大森町)
  • 地域活性化施設 (平尾町)
  • 清水総合支所 (小羽町)
    五智如来周辺図(pdf)

10.参考文献など

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