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最終更新日:2009年5月25日

清水地域の甑谷町の伝承


しみずっペディア 甑谷町の伝承

※概ね原本「清水町のむかしばなし」のとおりのため、「である」調で記載しています。


清水南地区 甑谷町(こしきだにちょう)


1.村のおいたち
「こしき」という穀物を蒸すつぼ型の土器が、生産されていたことから、「甑谷」という地名がついたと言い伝えられている。
この「こしき」は、弥生式土器の中に多く見られ、つぼの中ほどが細くくびれていて、下に水を入れ、上に木の実や穀物などを入れて蒸した。
また古文書に、「甑谷村に松ヶ鼻という出村がある。」と書いてあることから、甑谷は現地よりももっと上の方の、谷あいにあったと言われている。


2.糺明神(ただすみょうじん)の由来
甑谷(甑谷町)の奥、坪谷川向う側の近藤隆家後山に、二間三聞の御堂があって、お糺明神(お糺さん)と呼んでいた。
このお宮さんは、もと糺村(現鯖江市)から甑谷へ移されたので、糺明神と呼ぶようになり、次のように言い伝えが残っている。
元弘二年、今から約六五〇年ほど前、護良親王(もりながしんのう)が、北条氏の鎌倉幕府を倒す計画に失敗され、一時難をのがれるため越前国山内村(山内町)に逗留(とうりゅう)された。
山内に二か月をおられたが、四月の終り頃お供の赤松則祐(のりすけ)らを従えられ、坪谷(坪谷町)から甑谷を通って糺村(ただすむら)へ行かれた。ここにもしばらく居られて、河内の国の天皇方の忠臣、楠木正成(くすのきまさしげ)方といっしょになって、倒幕の軍をおこされた。そして元弘三年六月になって鎌倉幕府を倒され、建武の中興をなしとげられた。
さきに糺村に逗留された時、赤松則祐が糺の南の道場へ、出身地播磨(はりま)(兵庫県)の伊和大明神をお祀りして置いたが、そのまま放置されていた。
ところが、二五〇年後の天正十年に、赤松氏の子孫が播磨から糺村へ移り住み、氏神として稲荷大明神を祀った。
その時、前に祀ってあった伊和大明神を、北の守り神として甑谷のサガ山の見張所へ安置し、守護神とした。この伊和大明神を甑谷の者は、糺から来られた神様として、お糺明神と呼ぶようになった。
その後、寛文六年に新しく釈迦如来(しゃかにょらい)の坐像(ざぞう)をつくって、安置したと伝えられている。
明治四十年頃、神社廃合令によって、馬乗寺(ばじょうじ)観音堂の横に移転し、合併した神明神社の本殿にした。
御神体の裏に、
村中のきしんにしたてまつるものなり
しやかむにぶつ
御志んたい本ん体は、こしき谷村のただすの森
くわんぶん六年丙午(ひのえうま)四月十三日
越前出作(しゅっさく) 大仏師 河瀬上野作
片山 北右ェ門志げつく花押(かおう)


3.神明神社
甑谷(甑谷町)には、氏神様がいくつもあったが、明治四十年頃に村の入口にあった「神明宮」に合併された。その当時のお宮さんは、次の通りである。
八幡神社 字新名乙廿四番地 本殿 間口三間
神田 四畝二十歩 奥行三間
白山神社 字新名一番地 本殿 間口一間
宅地 七畝廿五歩 奥行一間半
観音堂 本殿 三間四方 観音菩薩坐像
神明宮 本殿 三尺に一間(神鏡)石造不動明王
糺明神宮 本殿 二聞に三間 釈迦如来坐像
こやしの神様 厨子 地蔵菩薩立像


4.摂護山万福寺(せつごやままんぷくじ)
昔は真言宗で、現在地から一キロメートル程山の中の、墓ヶ谷にお寺があった。ここに坊さん墓(無縫塔(むほうとう))が立っていて、永正十三年二月二十日という年号が彫ってある。永正の年号から推測すると、今から約四百六十年前の室町時代中頃で、当時この墓ヶ谷付近に、寺と民家があったことを物語っている。
その後、寛永年間(三百五十年ほど前)に現在地に移った。その頃、寺の近くの字奥出には、二十戸余りも民家が建っていた。
この時、浄土真宗に改宗し、中本山常楽寺末となった。明治初年には本願寺派となり今日に至っている。


5、大庄屋河村織右ェ門
江戸時代享保七年、鯖江藩ができて間もない頃、甑谷(甑谷町)の河村織右ェ門が十四か村の大庄屋に任命された。
この十四か村を「甑谷組」と呼び、年貢の徴収や検見(けみ)・普請(ふしん)・願書・届書の取りまとめや、通達などの事務を行わせた。
大庄屋には、給米十二俵を渡し苗字帯刀(みょうじたいとう)が許された。寛政二年に一身上の都合で、乙坂村の千秋鶴兵衛が大庄屋となり「乙坂組」と代り、明治の廃藩置県まで勤めた。
織右ェ門家の屋敷は、万福寺横の広い敷地にあり、村の中心地の辻にあった。この子孫は北海道函館に渡って成功し、衣料品会社を経営している。


6.周辺

  • 真栗町、清水山町、在田町、坪谷町、鯖江市三尾野出作町、越前町栃川
  • 乙坂山
  • 市指定文化財(書跡・書籍・古文書) 甑谷村絵図 

7.参考文献など

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